【言語聴覚士の記事】言葉が遅い=言語聴覚士? STだからこそ伝えたい、子どもの言葉を伸ばすために大切なこと

こんにちは。発達支援ゆず言語聴覚士のむぎちょこ(西村千織)です。


「まだ言葉が出ていないので、言語聴覚士さんに見てもらいたいです」

療育の現場では、このようなご相談をいただくことがあります。


言葉が遅れているのだから、言葉の専門家である言語聴覚士(ST)にお願いする。とても自然な考え方だと思います。

インターネットで調べても、「言葉が遅い場合は言語聴覚士に相談を」といった情報を目にすることがあります。


ただ、言語聴覚士として子どもたちに関わっている私自身は、「言葉が遅い=言語聴覚士に見てもらえばいい」と単純に考えることには、少し違和感があります。

なぜなら、子どもの言葉は「言葉だけ」を取り出して伸ばせるものではないからです。

同じ「言葉が出ない」でも、子どもの姿はまったく違います

例えば、同じ2歳、3歳で、まだ言葉がほとんど出ていない二人の子どもがいたとします。

表面的には、どちらも「言葉が遅れている子」です。

でも、実際に関わってみると、その姿はまったく違うことがあります。


大人の言っていることはどのくらい分かっているのか。
人に何かを伝えようとしているのか。
指差しや身振りを使っているのか。
大人の真似をするのか。
人と一緒に何かを見ることができるのか。
どんな遊びをしているのか。
何に興味を持っているのか。

「言葉が出ていない」という一つの事実だけでは、その子に必要な関わりは分かりません。


だから私は、言葉が遅れている子に出会ったとき、いきなり「どうやったら言葉を言わせられるだろう」とは考えません。

まず考えるのは、「この子は今、どのように人や物と関わっているんだろう?」ということです。


言葉そのものを見る前に、その子の発達やコミュニケーション全体を見ていく。ここがとても大切だと思っています。

「言葉の専門家に相談したのに、よく分からなかった」

言語聴覚士は、言葉やコミュニケーションについて専門的に学んだ国家資格です。

言語聴覚士による専門的な評価や支援が必要な子どもは、もちろんいます。


一方で、私たちがこれまで保護者の方からご相談を受ける中で、以下のようなお話を伺うことが多くあります。

「言葉が遅いので言語聴覚士さんに相談したけれど、結局どうすればいいのかよく分からなかった


「何度か見てもらったけれど、なぜ言葉が出にくいのかについて、納得できる説明をもらえなかった


「言葉の専門家だから何か分かると思って相談したけれど、期待していたような答えが得られなかった

もちろん、これは「言語聴覚士に相談しても意味がない」ということを言いたいのではありません。

言語聴覚士による専門的な評価を受けることで、「この子は今ここまで理解している」「こういうところにつまずきがある」「だから今はこういう関わりが必要」と整理され、保護者の方が納得できることもあります。


ポイントは、言語聴覚士に相談したかどうかではありません。


その支援者が目の前の子どもをどう見て、どう評価し、「なぜ今この姿なのか」をどう考え、そこから「では、これからどう関わっていけばいいのか」まで説明できるかどうか、ということが重要です。

「言語聴覚士という資格を持っている」ことと、「目の前の子どもを適切に見立て、その子に合った支援ができる」ことは同じではありません。


もちろんこれは、言語聴覚士に限った話ではありません。

保育士でも、理学療法士でも、作業療法士でも、児童指導員でも同じです。

優れた保育士と、十分に見立てられない言語聴覚士なら?

分かりやすくするために、少し極端な比較をしてみます。

一人は、子どもの発達全体を丁寧に見て、その子が何を理解し、何に興味を持ち、どんな遊びをしていて、どんな関わりなら人とのコミュニケーションが生まれるのかを考えられる保育士。

もう一人は、言語聴覚士の資格は持っているけれど、「言葉が出ていない」という部分だけを見て、十分な評価をしないまま言葉を促そうとする支援者。

「言葉のことだから」という理由だけで、後者の言語聴覚士を選ぶことが、本当にその子にとってよいのでしょうか。

私はそうは思いません。

子どもの発達を丁寧に見立て、その子に合った関わりを組み立てられる保育士と、十分な見立てができないまま「言葉を出すこと」だけに働きかける言語聴覚士であれば、前者の保育士の方が、結果としてその子の言葉やコミュニケーションを伸ばしてくれる可能性は高いと私は考えています。


「言葉の専門家だから、言語聴覚士の方が言葉を伸ばしてくれるはず」

「保育士は言葉の専門家ではないから、言葉の発達については言語聴覚士にお願いした方がいい」

必ずしも、そうではありません。


例えば保育士の中にも、子どものちょっとした表情や視線、遊び方、人とのやり取りを非常によく見て、「この子は今、ここに興味を持っているな」「こう関わると、人とのやり取りが続くな」「今は言葉を言わせることよりも、人に伝わる楽しさをたくさん経験した方がよさそうだな」と考えながら関われる人がいます。

ゆずの事例では、保育士さんが全体的な発達検査を実施し、お子さんごとの課題を見立て、お子さんに合ったプログラムを構築していますので、ことばを引き出してくれる取り組みをしています。

そして、実際に「言葉が育ってきた」という事例も数多くあります。


もちろん、これは「保育士の方が言語聴覚士より優れている」という話ではありません。

言語・コミュニケーションについて高い専門性を持ち、子どもの発達全体を丁寧に評価できる言語聴覚士であれば、その専門性は大きな力になります。

お伝えたいのは、職種の優劣ではなく、「資格=支援の質」ではないということです。

「言葉ならST」と職種から考えない

療育では、ときどき、「言葉ならST」「運動ならPT」「手先ならOT」というように、困っていることから職種を当てはめる考え方を見かけます。

分かりやすい考え方ではあると思います。でも正しくありません。

子どもの発達はそんなにきれいに分けられるものではありません。


遊びが広がることで、人への関心が増えることがあります。

人とのやり取りが楽しくなることで、「伝えたい」という気持ちが生まれることがあります。

理解できることが増えることで、使える言葉が増えていくこともあります。


だから「言葉が出ていない」という一つの課題だけを切り取って、その専門職を当てはめれば解決するとは限りません。

職種から子どもを見るのではなく、子どもから必要な支援を考える。

この順番が大切です。


そして保護者の方には、資格名だけでなく、「この支援者は、わが子をきちんと見てくれているだろうか」「なぜこの子が今この姿なのかを説明してくれるだろうか」「では、これからどう関わればいいのかを具体的に教えてくれるだろうか」

というところも見ていただきたいと思います。

子どもの言葉を育てるのは、言語聴覚士だけではありません

そしてもう一つ、保護者の方にぜひ知っていただきたいことがあります。

子どもの言葉を育てることは、言語聴覚士にしかできないことではありません。

保育士にもできます。ほかの支援者にもできます。

そして、保護者の方にもできます。


むしろ、子どもが言語聴覚士と過ごす時間は、生活全体から考えればごくわずかです。

朝起きて「おはよう」と声をかける。ご飯を食べる。服を着る。好きなおもちゃで遊ぶ。公園へ行く。お風呂に入る。寝る前に絵本を見る。

子どもの毎日の生活には、人とコミュニケーションする機会がたくさんあります。


専門家との45分や60分だけが、「言葉を育てる時間」なのではありません。

子どもの言葉は、生活の中で育っていきます。

だからこそ、専門家の役割は、療育室の中で子どもから言葉を引き出して終わることではないと私は考えています。

「家でもトレーニングしてください」という話ではありません

「保護者の方にも言葉を育てられます」と言うと、「では、家でも言葉の練習をしなければいけないのでしょうか?」と思われるかもしれません。

そういう意味ではありません。

お父さんやお母さんが言語聴覚士の代わりになって、家で先生をする必要はありません。


例えば、子どもが車のおもちゃを夢中で走らせていたとします。

そんなとき、「くるまって言って」「あかって言って」と言葉を言わせることだけが、言葉を育てる関わりではありません。

むしろこのような言葉かけは、ふさわしくない(避けるべき)方法です。


子どもの見ているものを一緒に見ましょう。

「走ったね」「速いね」と気持ちを共有しましょう。

表情や声、身振りを「伝えようとしていること」として受け取り、お子さんが快の刺激と受け取れるような反応を見せてあげましょ。


そうしたやり取りを積み重ねていくことも、コミュニケーションの大切な土台になります。

その子は今、何に興味を持っているのか。どんな関わりなら「もう一回やってほしい」と思うのか。どうすれば人とのやり取りが続くのか。

そういうことを丁寧に見つけていけば、日常生活そのものが言葉やコミュニケーションを育てる場になります。

では、言語聴覚士は必要ないのでしょうか?

もちろん、そんなことはありません。

言語聴覚士には、言語やコミュニケーションについて専門的に評価し、その子に必要な支援を考える役割があります。

子どもの状態によっては、言語聴覚士による詳しい評価や直接的な支援が重要になることもあります。


だから大切なのは、「言語聴覚士に見てもらうか、見てもらわないか」という二択ではありません。


大切なのは順番です。

「言葉が遅い。だからST」ではなく、まずその子を見る。

その子の発達や生活、遊び、理解、人との関係、コミュニケーションの状態を見て、この子には今、何が必要なんだろう?」と考える。

その結果として、「ここは言語聴覚士が専門的に見た方がいい」と判断することもあれば、まずは日常の遊びや人との関わりを丁寧に積み重ねることが重要だと考える場合もあります。


職種から支援を決めるのではなく、子どもから必要な支援を考える。

私は、この順番はとても大事だと思います。

「言葉を伸ばしてくれる人」より、「わが子を見てくれる人」を

私は言語聴覚士です。

だからこそ、「言葉が遅れているなら、とりあえず言語聴覚士」とは考えてほしくありません。


言語聴覚士にお願いしたから言葉が伸びる。

保育士だから言葉は伸ばせない。


そんな単純なものではありません。

むしろ、資格だけを見て支援者を選ぶことで、本当にその子をよく見てくれる支援者との出会いを逃してしまうとしたら、それはとてももったいないことだと思います。


大切なのは職種や肩書きではなく、その支援者が目の前のお子さんをどれだけ丁寧に見ているか、です。

「なぜ今、この姿なんだろう?」

「この子は何を伝えようとしているんだろう?」

「今、この子に必要なことは何だろう?」

そうやって考え、その子に合った関わり方を見つけていく。


そして、それを療育室の中だけで終わらせず、保護者の方と共有し、毎日の生活へつなげていく。

専門家に「言葉を伸ばしてもらう」のではなく、専門家と一緒に「この子の言葉が育ちやすい関わりや環境をつくっていく」。

そんなふうに考えてもらえたらと思います。

子どもの言葉は、言語聴覚士の前だけで育つものではありません。