「多職種連携なんて綺麗事」と言われたので、同じPTとして反論します

こんにちは。発達支援ゆず代表、理学療法士の西村猛です。

先日、「療育支援者の学校」のYouTube動画に、こんなコメントをいただきました。

「同じPTとして再生数稼ぎのこの手のチャンネルマジで疑問。多職種連携なんて綺麗事ではなく、なんで現場で機能しないのか問題提起の方が重要では?」

せっかくなので、今回はこのコメントに反論してみたいと思います。

普段、YouTubeにいただいたコメント一つひとつに反論することはありません。いろいろな意見があって当然ですし、私の考えに「違う」と思う方がいても構いません。

ただ、今回のコメントには、療育や発達支援に関わる専門職として、少し考えてみたいことが含まれているように感じました。

「再生数稼ぎ」と言われれば、まあ否定はしません

まず、「再生数稼ぎ」というところから。

YouTubeで発信している以上、たくさんの方に見ていただきたいと思っています。誰にも見てもらわなくていいのであれば、そもそもYouTubeで公開する必要がありません。

ですから、「再生数を増やしたいんですよね?」と言われれば、それはそうです。


ただ、「再生数を稼ぐために、耳触りのいい綺麗事を話している」という意味なのであれば、それは違います。

私はこれまで、療育業界の課題や支援の質、専門職のあり方についても、自分なりにかなり率直に発信してきました。

一例を挙げておきます。

当たり障りのないことだけを話しておこうと思って発信してきたわけではありません。

「セラピストと保育士は両輪」は、ゆずが実際にやってきたことです

そして、「多職種連携なんて綺麗事」という部分。

ここについては、発達支援ゆずのブログだからこそ、少し説明しておきたいことがあります。


私は以前から、「セラピストと保育士は両輪である」という考えを大切にしてきました。

セラピストだけで療育ができるとも思っていませんし、保育士だけですべてを担うものだとも思っていません。

それぞれに違う専門性があり、違う視点がある。だからこそ、その両方が必要だと考えています。


これは今回、YouTubeで話すために考えたことではありません。

発達支援ゆずを運営する中で、ずっと大切にしてきた考え方です。

そして、その考え方に賛同してくれるスタッフが集まり、実際にゆずでは、セラピストと保育士・児童指導員などがそれぞれの専門性を持ちながら、子どもたちの支援に関わっています。


つまり、私がYouTubeで話している「セラピストと保育士、それぞれの役割」という話は、どこかの療育現場を外から眺めて語っているものではありません。

これもいくつか記事をご紹介します(発達支援ゆず・こども発達LABO.・弊社ブログから)

発達支援ゆずという現場で、自分たち自身が実践してきたことをベースにした発信です

ゆずでは以前から、セラピストだけに依存するのではなく、セラピストと保育の視点を組み合わせて支援する考え方を発信してきました。

現在も、セラピストによる評価や個別療育と、保育士等による実践的な支援を連携させることを、ゆずの療育の一つの特徴として掲げています。

もちろん、完璧にできているとは思っていません。

うまくいかないこともあります。まだまだ不十分なところもあるでしょう。


それでも私たちは、「もっと良い支援にするためにはどうしたらいいのか」を考えながら、実際の現場で取り組んでいます。

だから私は、「セラピストと保育士は両輪」という考え方は、実現できると思っています。

というより、より良い形を目指しながら、現実にそれをやっています。


少なくとも私は、実現できないと思っていることを「こうなったらいいですよね」と外から眺めて話しているわけではありません。

もちろん、そこまで知ってから動画を見てほしいとは思いません

とはいえ、「発達支援ゆずのことを全部調べてからコメントしてください」と言いたいわけではありません。

そんなことを視聴者に求めるつもりはありません。初めて動画を見る方もいるでしょうし、一本だけ見て帰る方も当然います。


ただ、私自身が誰かの発信を見たときには、「この人はなぜこう言っているんだろう」「ほかにはどんなことを発信しているんだろう」「何か背景があるのだろうか」と、もう少し深く見てみることがあります。

そのうえで、「やっぱり私はこの意見には賛成できない」となることもあります。

それはそれでいいと思っています。

それでも「綺麗事だ」と思うなら、それでいい

発達支援ゆずで実際に取り組んでいることを知ったうえでも、「いや、それでも多職種連携なんて綺麗事だ」と思われるのであれば、それはその方の考え方です。

私は、それを変えようとは思いません。


むしろ、「多職種連携なんて綺麗事だ。現場ではこういう問題が起きている」という考えを持っているのであれば、ぜひその方自身が発信されたらいいと思っています。

なぜそう思うのか。どんな経験からそう考えるようになったのか。多職種連携が機能しない原因は何なのか。そして、ではどうすればいいと思うのか。

そこまで自分の言葉で発信されているのであれば、私は読んでみたいと思います。

私は「発信する人」には敬意を持ちたい

私は、自分とは反対の意見だからという理由だけで、その発信者を否定したいとは思いません。

むしろ、自分とはまったく違う意見であっても、「私はこう考える」と自分の言葉で発信している人には、それなりの敬意を持って向き合いたいと思っています。


発信するということは、自分の考えを人前に出すことです。

当然、批判されることもあれば、反論されることもあります。

それでも自分の考えを言葉にして出す。その行為そのものには意味があると思っています。


だから、反対意見なら反対意見でいい。

「西村の言っていることは違う」と発信してもらっても構いません。それを読んで、私も必要なら反論します。

その方が、少なくとも議論になります。

そして、私が一番引っかかったのは「同じPTとして」という言葉でした

今回のコメントを読んで、もう一つ考えたことがあります。

冒頭に「同じPTとして」と書かれていました。このコメントを書かれた方も理学療法士なのでしょう。

だからこそ、私は少し考えてしまいました。

私たち理学療法士は、人を評価する仕事です。

ある患者さんが一度立ち上がれなかった。それだけを見て、「この人は立てない」とは判断しないはずです。


なぜできなかったのか。環境はどうだったのか。疲労はどうだったのか。別の条件ではどうなのか。普段の生活ではどうなのか。

いろいろな情報を集めながら、その人を見ていく。

一部分だけを切り取って、その人の全体を判断しない。

少なくとも私は、それが評価の基本だと思っています。

一部分だけを見て、その人を分かったつもりになっていないか

これはPTに限った話ではありません。療育の現場でも同じです。


子どもが一度課題を拒否したから、「この子はやる気がない」。

落ち着かずに動き回っていたから、「集中力がない」。

保護者が家庭でお願いした取り組みをしてこなかったから、「協力的ではない保護者」。


本当にそうでしょうか。

私たちは、そうやって一部分だけを切り取って人を評価しないように、気をつけているはずです。


だから今回、一本の動画を見て「再生数稼ぎ」「綺麗事」とまで評価されたことについては、やはり少し違和感があります。

もちろん、「この動画の内容には賛成できない」という意見なら、何の問題もありません。

でも、「この動画の意見には賛成できない」ということと、「この手のチャンネルは再生数稼ぎだ」と発信者の意図まで決めてしまうことは、少し違うと思うのです。

綺麗事も言います。問題も言います

私はこれからも、「セラピストと保育士は両輪です」と言い続けます。

なぜなら、発達支援ゆずでは実際にそれを目指して支援を行っているからです。


もちろん、できていないこともある。課題もある。だから改善する。そして、必要ならその問題についても発信する。

「理想を語るのか、問題点を指摘するのか」。

私は、その二択だとは思っていません。


目指すものを示す。実際にやってみる。うまくいかなければ考える。問題があれば指摘する。そして、また改善する。

私は、その繰り返しが実践だと思っています。

それを「綺麗事」と呼ぶのであれば、それはそれで構いません。


私たちはこれからも、セラピストと保育士、それぞれの専門性を活かしながら、より良い療育をつくっていくという方向を目指します。

そして私は、その実践の中で分かったことや、自分が大切だと思っていることを、これからも自分の言葉で発信していきます。


それとは違う考えを持つ人も、自分の言葉で発信すればいい。

意見が違えば、議論すればいい。

その方がずっと健全だと、私は思っています。