行きしぶりは二次障害の入り口に立っているサイン|発達特性のある子が見せるSOSを見逃さないために

こんにちは。発達支援ゆず代表の西村猛です。

朝になると、「お腹が痛い」「学校に行きたくない」と訴えるわが子の姿に、どう対応すればよいのか悩んでいる保護者の方は少なくありません。

「少し甘えているだけなのでは?」
「そのうち慣れてくれるのでは?」
そう考えながらも、どこかで「このままで大丈夫なのだろうか」と不安を感じておられる方も多いと思います。

私は、子どもの行きしぶりは単なる気分の問題ではなく、すでに心や体に大きな負担がかかっているサインであり、二次障害の始まりとして捉えるべきだと考えています。

この記事では、行きしぶりの背景にあるメカニズムと、保護者が早い段階で気づいておきたいポイントについて、発達支援の視点から分かりやすく解説します。

「言ってもムダだ」と学んでしまう子どもたち

子どもが「行きたくない」「今日はしんどい」と訴えたとき、その声を大人が受け止められない経験が重なると、「嫌って言ってもどうせ聞いてもらえない」「本当の気持ちを出してもムダなんだ」と少しずつ学んでいきます。

そうなると、叱られないように静かにしたり、本音を出さずにまわりに合わせたり、できるだけ目立たないように過ごそうとしたりするようになります。

大人の目には「落ち着いた」「素直になった」「ちゃんとできるようになった」と映るかもしれませんが、その内側で我慢とあきらめが積み重なっていることも少なくありません。

行きしぶりは「ただのワガママ」ではない

療育や園・学校に行きたがらない「行きしぶり」も、同じように誤解されやすいサインです。

朝になるとお腹が痛いと言ったり、玄関や駐車場で固まって動けなくなったり、前の日から「明日行きたくない」と泣いたりする姿を見ると、大人は「甘えているだけでは?」「ここで行かせないと余計に行けなくなる」と考えがちです。


けれど、発達特性のあるお子さんにとっての行きしぶりは、「ちょっと気分が乗らない」程度ではなく、心と体が必死にブレーキをかけているサインであることが多くあります。

その場所が、子どもの中で「怖いところ」や「しんどいところ」、「自分を守らないといけないところ」に変わりつつあるのかもしれません。

実は怖い「二次障害」という存在

医療や発達支援の世界には、「一次障害」と「二次障害」という考え方があります。

一次障害は、自閉スペクトラム症や注意欠如多動症など、もともとの脳や発達の特性そのものを指します。

一方の二次障害は、合わない環境の中での繰り返される失敗や叱責、「分かってもらえない」という経験の積み重ねによって後から生じる、不安やうつ状態、自己否定感、不登園・不登校、対人不信などの状態を指します。


発達特性そのものは、周囲の理解や環境調整によって、生活のしやすさを高めたり、得意を伸ばしたりすることができます。

しかし二次障害が深く進んでしまうと、強い不安で外に出られなくなったり、人への不信感が根づいたり、「どうせ自分なんて」とチャレンジする気力そのものが失われたりして、生活の質を大きく下げてしまいます。


そして一度深く根づいた二次障害を「元どおり」に戻すのは、現実的にはとても難しいことが多い、というのが正直な実感です。

行きしぶりは二次障害の「入り口」に立っているサイン

ここで大切なのが、行きしぶりをどう捉えるかです。

行きしぶりは、「これから問題が出てくるかもしれない予感」というよりも、すでに心の中でかなり無理を重ねてきた結果として表に現れていることが多いサインです。

その場所を「怖い」「しんどい」と感じていたり、自分を守るために体が動けなくなっていたり、「これ以上傷つきたくない」と心が必死にブレーキをかけていたりする可能性があります。


この観点から見ると、行きしぶりは「二次障害という坂道の入り口に立ってしまっているサイン」、と捉えてよいでしょう。

この段階でやりがちなのが、「ここで踏ん張らせよう」「我慢させればそのうち慣れるかも」と押し切ってしまうやり方です。


そのため、目に見える「行けた・行けなかった」だけで判断せず、心の中で何が起きているのかに目を向けることが重要です。

「厳しくすればできるようになる?」という考え方の落とし穴

いわゆる「しつけに厳しい園」や「しっかり指導する療育」では、泣いてもとにかく行かせたり、嫌がっても「甘え」とみなして我慢させたり、大人の指示に従えるかどうかを強く重視したりする関わりが行われることがあります。

一時的には、静かに座れるようになったり、指示に従うようになったり、行きしぶりが表に出なくなったりすることもあるでしょう。

ですが、それは「慣れた」からではなく、「本音を出してもムダだ」とあきらめた結果として、感情を閉じ込めているだけかもしれません。


また「少しずつ慣れるので、大丈夫ですよ」と言われることがあるかもしれませんが、乾布摩擦で皮膚を強くするようなものではなく、心の中にある課題や問題を解決しない限り、慣れるなどはありません(上記に書いたように、慣れているように見えているのは、「表現することを止めていっている=さらに自分の心の中に潜り込んでいっている」だけです)。


脳科学や教育心理学の分野では、恐怖や不安で動いているとき、人の脳は本来の学びの力を発揮しにくいことが分かってきています。

プレッシャーや罰をベースにしたやり方は、短期的には「言うことを聞く」状態をつくれても、長期的な成長や自律にはつながりにくく、むしろ不安や自己肯定感の低下といった二次障害を引き起こすリスクを高める可能性があります。

いちばん大事なのは「二次障害を起こさないこと」

発達特性そのものを消してしまうことはできませんが、二次障害をできる限り起こさないように関わることは、大人の側の意識と環境づくりによって変えられます。

そのために大切にしたいのは、行きしぶりを「根性をつけるチャンス」と見ないこと、「行きたくない」と言えたこと自体を大事なサインとして受け止めること、何が怖いのか・どこがしんどいのかを一緒に言葉にしていくこと、そしてその子の感覚やペースに合う環境や関わり方を探していくことです。


こうした積み重ねは、二次障害の一番の予防になります。

療育に通われているなら、療育の先生と一緒に、「どこに行きたくないのタネ(原因)」があるのかを探していくことです。

もちろん見つけられたら、最適な手立てを講じていくことが重要なのは言うまでもありません。

ゆずが大切にしているスタンス

発達支援ゆずでは、「落ち着いているように見える」姿の裏側にある気持ちや、「行きたくない」と口にできた勇気、行き渋りとして表に出てきた危険信号を、とても大切なメッセージとして受け止めたいと考えています。

そのため、厳しく叱ってでも無理に通わせたり、泣いて嫌がる子どもを「甘え」として押し切ったりする関わりは行っていません。
安心できるから「少しやってみようかな」と思える場をつくることが、結果として一人ひとりの成長につながると考えているからです。


正直にお伝えすると「厳しくしつけてほしい」「多少つらくても我慢させてほしい」といったご希望をお持ちの方には、ゆずの考え方は合わないと思います。

それは、お子さんの未来を考えていくにあたって「二次障害をできる限り防ぎたい」「子どもの心を守りながら伸ばしたい」と考えているからです。

小さな違和感を、そのままにしないために

「最近、おとなしくなったけれど、なんだか笑顔が減った気がする」「行きしぶりが増えてきているけれど、これって甘えなのか、サインなのか分からない」。

そんな小さな違和感は、二次障害の入り口から「まだ戻れるうち」に気づけた、大切なチャンスかもしれません。

ゆずでは、見学や個別のご相談を通して、今のお子さんの様子や、園・学校・療育との関係について、一緒に整理して考えるお時間をお取りしています。

「利用するかどうかはまだ分からないけれど、話だけ聞いてみたい」という段階でも、どうぞ遠慮なくご相談ください。

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